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2017/12/13 04:50 |
飄々として~柳家小三治
御慶!

落語好きならわかってくれるとは思うんだけど、
正月と言えば初席の寄席。
まだ改装前の池袋演芸場で、志ん馬さん(故人)が高座に上がるなり、
「この池袋演芸場で『お膝送りを願います』なんて言葉を聞くなんて、戦後以来なかった事で…」とマクラを振れば、笑いが取れるような時期だった。
トリはこれも故人の蝶花楼馬楽師匠。
「品川心中」をボソボソと語ってたなぁ。
で、今回は馬楽さんじゃなくて、小三治さんの事を話したいの。
あの師匠は、よーく知ってるんだけど、
よく考えたらあの人の噺、意外と聴いてない。

今、このブログ書いている時間は、
NHKで談志家元の特集を朝までやってる。
同じ小さん(先代)の弟子なんだけど、
談志さんと小三治さんは全く違うね。
己が魂をかけて古典にぶつかり取り組んで、
ついには自分が落語そのものになってしまった怪物のような談志家元に対して、小三治師匠はいつも肩の力をひょいと抜いて飄々と語っている。
談志家元の噺には博学も哲学も血も泪も汗もはっきり見えてくる。
「オレの噺で笑えねえのは、常識に縛られているお前が甘いんだ。」と思わせるような気迫がある。
小三治師匠の噺は聴いてて、クスっと笑わせる「おかしみ」と破綻のない安心をくれる。でも軽く演じているようでいて着物の下にはびっしょりと汗をかいている。

テレビのドキュメントで師匠は言ってた。
「こっちが笑わせるんじゃないんだね。(お客が)笑っちゃうんだ。」
食事毎に片手の平にいっぱいのクスリを飲んで
「これがアタシの食事だよ。」と笑ってた。
リューマチを患ってる師匠は、クスリのために体が弱く、
ちょっと風邪を引いても命が危ないくらいなんだそうな。

「落語新時代」という本の中で、著者(八木忠栄氏)のインタビューで祖師匠は言ってる。
自分はリアルであるけどリアルそうに見える『脱リアル』を目指す。それは「脱自分」でもある。
「私の場合、落語をやるって事はまず自分を否定してみないと始まらなかった。オレは落語には向いてなかった。(後略)」

これくらい自分をネガティブに捕らえ、悩み、苦しんだ末に今の境地に至ったのかね。
「笑わせる」わけでもなく、「笑ってもらう」わけでもなく、
「笑われる」わけでもなく、ただ「笑っちゃう」

アタシャ、小三治さんの噺で聴いたのは、「小言幸平衛」「三方一両損」「死神」の3つだが、恐らくもっと多く聴いてるはず。
当時はものすごく面白いわけではないが、確かに笑っちゃう。

下手したら、マクラもふらずにぷいっと噺に入り、瞬時に落語の人になってしまう。談志家元が、気分によって時に極彩色の、時に一筆書きの噺をするのに対して、小三治師匠は水彩画のような、でも奥行きの深い噺を聞かせてくれる…これは全てイメージなんですけど、わかりますかね?

それとも正月の酒を飲みすぎたせいかしらん。
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2009/01/03 01:14 | Comments(0) | TrackBack(0) | 落語

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