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2017/09/24 01:32 |
考えると夜も眠れなくなっちゃうんですよ…(三球・照代)
「地下鉄漫才」で名を馳せた…と言ってもいいのかしら?
春日三球・照代の名コンビ

題名は、その「地下鉄漫才」の有名なフレーズで、
三球「ところで地下鉄はいったいどこから入るのでしょうね?」
照代「何が不思議なの?」
三球「あなた、そんな事考えた事ない?」
照代「ありませんよそんな事」
三球「考えると、また寝らんなくなっちゃう。」
ってくだりからとりました。

「寝らんなくなる」のか「夜も眠れない」だったか「眠れなくなっちゃう」だったかが定かではありません。

この2人、もちろん、正真正銘の夫婦漫才です。
アタシの記憶に残る夫婦漫才では蝶々・雄二、敏江・玲児、唄子・啓介といったところが有名。
しかし、今挙げた夫婦コンビ、みんな別れてしまいましたねえ。
仕事と家庭って難しいのかね。
もちろん、別れていないコンビもありますよ。
宮川大助・花子は今でも健在だし最近では「ポヨヨ~ン」のかつみ・さゆりもいい。
昔なつかしいところではあの人生幸朗、生江幸子(「何ぼやいとるんじゃ、このドロ亀!」「母ちゃん、堪忍、ごめんちゃい」ってあのツッコミは凄かったなあ)それから松鶴家千代菊・千代若(「早く終わって帰ろうよ」ってヤツ、知ってるかなあ?)島田洋之介、今喜多代(漫才の内容は忘れてしまったけど、いくよくるよや島田紳介の師匠であります。)

まあ、夫婦漫才はそれくらいにして、この春日三球さん、元々リーガル千太・万吉のお弟子さんで、(千太・万吉がだいたいわかんないだろうな)違う相方と栗友一休・三休の名前で売れていたんだそうな。
しかし、一休さんが電車の事故(三河島事故)で亡くなって、一人になったので、別な女性漫才の照代さんと組んで再出発、そして結婚したんだそうです。

昔のお笑い番組に出ていた頃の三球・照代を観た事がありますが、後年地下鉄漫才で大ブレークした時の普通のしゃべくりスタイルじゃなくて、照代さんがギター、三球さんがウクレレを持って音楽漫才でした。もっとも、内容は売れた頃と同じ内容なんですけどね。
三球・照代でコンビを組んだのが1966年頃、「地下鉄」で売れたのが1978年だという記録がありますから、10年近くはそんなに売れていなかったわけで、継続は力なりというか、何があるかわからないと言うか、全盛期には三球さんが「地下鉄は…」と言うだけで笑いが出るほどでした。

実際、他にもいっぱい「眠れなくなる」ネタがあったはずなのですが、「地下鉄」が強烈で他のことが記憶になくなるくらい「地下鉄漫才」は売れました。

もっとも、実際の東京の地下鉄は銀座線も丸の内線も東西線も地上に出ている場所があるわけで、さらにほとんどの地下鉄が他の私鉄と連絡している現在「地下鉄をどこから入れたか?」という疑問自体が成立しないわけです。いや、三球・照代が売れていた当時だってそうだったわけで、あの漫才が地下鉄のない地方だけではなく東京の観客にも「ウケた」のは、やはりあの飄々として人を食ったような三球さんの芸のなせる業だったと思いますな。

1987年3月、TBSテレビの「新伍のお待ちどうさま」という公開録画に出演中、照代さんが急にクモ膜下出血で倒れ、そのまま51歳で死んでしまってからは一時期若い女性漫才師で前説をやっていた芳賀みちるさんとコンビを組みますが、結局うまくいかなくて解散。やはり聞きなれてしまった三球・照代の味と別なものを出すことはできませんでした。
三球さんは今、巣鴨で「健康肌着の店-春日三球の店」をやりながらピンで漫談をしているそうです。

ところで、三球・照代解散の後にできた都営大江戸線みたいに、
深い所を走っていて他社と連絡のない地下鉄は、やっぱり
「どうやって(車両を)入れたんでしょうね?」と言いたくなりますね。

誰かご存知ない?
考えると眠れなくなっちゃう…。
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2007/09/17 03:41 | Comments(5) | TrackBack(0) | 漫才

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コメント

このブログは、比較的近い昔に記憶を戻してくれる良いカンジが好きです。
田舎者のガキだった私は、当時地下鉄に乗ったこともなく三球照代の漫才に地下鉄への憧れを持ながらTV観劇し笑っておりました。
ちなみに、このブログみたく時代を引き戻してくれる効果をシンチョウ型(古今亭)と誰が言ってたです。
posted by げなげな話at 2007/09/19 23:59 [ コメントを修正する ]
 僕も好きです。僕は漫談やスタンダップなどのジョークの笑いと東京の笑い(関西も好きですが)に思い入れがあり、一番好きな漫才はツービートと三球照代です。世代的にはとたけけさんよりだいぶ若造、幼少ギリギリの記憶にひょうきん族があるぐらいなので全然リアルタイムで見られていませんが。ツービートのネタが入ってるTHE MANZAIのレコード(紳竜のイイネタも入ってる)は何度も聞きました。

 三球照代の地下鉄は「東京漫才傑作選」というCDのシリーズで聞きましたがスゴク良くて好きになりました。あとデキはちょっと落ちますが「昭和達人芸大全」というシリーズで映像のもありました。
 その有名なギャグもいいですが、そのあと電車を繋げたらイイという話になって、次に船の話も繋げたらイイで、飛行機も繋げたらイイとなって照代が「あんた繋げるの好きですネ」と言うところが好きです。昔は音楽漫才だったってのは初めて知りました。
>他にもいっぱい「眠れなくなる」ネタがあったはず」
 そうですね、聞き直さないと分からないけど確か、地下鉄ネタでも地下に行くエレベーターが何段あるのか考えると寝らんなくなっちゃったりしてた、かな。これはもうちょっとクダらない感じのギャグでしたが。

 リーガル千太・万吉知ってますよー。これも「昭和達人芸大全」で映像が見られマスがほんのちょっと。ただ動くとこが見られる、って程度。ネタは立川談志の「ゆめの寄席」というシリーズに入っていて聞きました。独特の都会的な話芸は良かったけど、笑いの量や内容は今聞くとずいぶん大らかで、正直少し物足りなかったかなぁ。もっと聞いてみたいんですがあまりでてなくて。
 でも昔談志がM1でおぎやはぎに話芸が千太・万吉に似てる、と言ってたけど聞いてみてなるほど的確だなと思いました。
 とたけけさんは千太・万吉は見ることができているのでしょうか?リクエストなんて僭越ですが、もし話のタネがあればブログの形ででイイのでお聞きしたいです。

 松鶴家千代菊・千代若、古い音曲付きスタイルの漫才の中では一番好きだなぁ。蝶々・雄二のミヤコ蝶々、一本しか聞いたことないんですが、あまりのしゃべりのウマさに驚きました。いままでの女性漫才師の中でもズバ抜けてる、かな?
 人生幸朗・生恵幸子は名前はたまに聞くけどネタは無いンで、聞いて見たいなー。
posted by 行かない旅URLat 2007/09/20 01:19 [ コメントを修正する ]
行かない旅様
うらやましいコレクションですね。
山手線の電車をつなげるギャグでしたっけ?
なんとなく思い出しましたヨ。
リーガル千太・万吉はラジオで聞きました。
確かNHKだったかしら?
「焼き鳥」という名作でして、アタシが串焼き屋放浪を始めるきっかけになった漫才です「帰りに暖簾で手を拭いて帰れば一人前だね」「冗談言っちゃあいけねえ」
ってオチ。
…どうしてオチしか覚えてないんだろ(悲)
録音してなかったかなあ。
posted by totakekeat 2007/09/20 21:14 [ コメントを修正する ]
げなげな話サマ

アタシは北海道札幌の出身で、子供の頃は路面電車しか知らなかった。
中学校のときにできた待望の地下鉄は、
途中から上に上がってしまうもんで、ピンときませんでしたヨ。

それより何より、
初めて上京して乗った地下鉄銀座線。
渋谷に着いたら、電車よりも高いところに着いちまって、
こいつぁビックリしましたネ。
懐かしい想い出です。
posted by totakekeat 2007/09/20 21:20 [ コメントを修正する ]
>>山手線の電車をつなげる

 それです。あと新幹線も東京博多の距離の半分の長さにしとけば半分の時間でつく、とか。飛行機もたくさんつなげとけば一機落っこちた時も真ん中がたるむだけで済む、とか。

 コレクション、と言っても僕が聞いているものほとんど図書館で借りて聞いたものなんですけどね。同区のものは取り寄せられるので意外にナンでもあるし、タダなので手軽に古いものに触れることができてとても重宝しています。
 あとダウンタウン以降や、映画や海外の笑いはレンタル店で。ただMANZAIブームの世代、紳竜やツービート、阪神巨人、B&Bなどなどがどちらでも扱いが少ないんですよね。

 千太万吉の「焼き鳥」聞いてみたいなー。
posted by 行かない旅URLat 2007/09/21 23:34 [ コメントを修正する ]

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