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2017/06/28 23:03 |
青火がぱあ~、ボヤがぽお~(中田ダイマル・ラケット)
冒頭のセリフは、「ダイラケ」こと上方漫才の巨匠中田ダイマル・ラケットの代表作『僕は幽霊』の有名なフレーズです。

アタシがテレビやラジオでダイラケ漫才を聴いたのは、もう彼らの晩年になった頃なんだろうが、その芸は現在のお笑いの中でも彼ら以上に笑いを取れるんだろうな…。
ダイマルさんの飄々としたボケに、ラケットさんのツッコミ。
一番覚えていたのが「青火がぱあ~、ボヤがぼお~」と「あ、いっしょやいっしょや」「いい加減にせい」
本当にツボにはまった時の漫才は本当に凄いパワーがあるんですね。
全盛期のときには「3秒に1回笑わせる漫才」といわれたのだそうな。
たぶん保存しているカセットテープの中にも、ダイラケの漫才の入ったものがあるはずだ。

これはNHKラジオでダイラケの漫才を5夜通しで放送した時のもので、
アタシは最晩年までダイラケをテレビラジオで聴いていたな。
彼らは最後まで枯れる事のない現役だったな。

アタシは「エンタツ・アチャコ」を殆ど知らないので、ちゃんと聴いた上方漫才はダイラケが最初だと思う。
それから「いとこい」(夢路いとし喜味こいし)「唄子啓介」(京唄子、鳳啓介)「敏江玲児」(正司敏江・玲児)と続く。
もちろん、「かしまし娘」と「宮川左近ショー」は外せませんがね。

あんなに笑ったダイラケなのに「青火がぱあ~」くらいしか思い出せないのは悔しいね。
漫才芸やその作品は落語と違って、一代芸なんですよね。
落語は昔から代々多くの落語家が磨き上げてきたソフトで、
余分なところを切ったり、解釈を加える事で現代に残していくのだが、
漫才は作家と漫才師の共同作品で、キャラクターに負うところが多いからかな?

演者が死んでしまうと、作品も死んでしまうんですよね。

「ダイラケ」「いとこい」「やすきよ」なんかの作品を物まねやパロディではなく、敬称するシステムがあると面白いのになあ。

「僕は幽霊」なんか弟子の「カウス・ボタン」でやれないのかね?
…無理か。
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2007/08/19 20:02 | Comments(1) | TrackBack(0) | 漫才

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コメント

 検索でひっかかって来ました。面白く読ませていただきました。

 僕は一番は重度の音楽好き(超前衛的なのからポップ、歌謡曲まで)なのですが、お笑いファンでもあって、音楽の感覚で古いものから新しいもの、日本から海外まで自然にお笑い文化に接することができました。が、若いお笑いファン(僕もそこそこ若いけど)はそういう接し方に思いも当たらないことに最近驚きました。音楽でもアートでも映画でも小説でも、あるいはスポーツだって「ファン」なら当たり前の楽しみかたなのに。「感性」一辺倒で、全部をカオスに投げこんじゃう感性論オンリーでは全然厚みがでないし、会話にもなりません。

 最近はDVDによるアーカイブ化は進んでいるし紹介する本もけっこうある、それなのに見ないのは周りにそういうのを楽しめる人がいなくて、単に図書館でホコリをかぶっているもの、と思いこまれているのではないだろか。そこで「隣の部屋で兄貴が音楽を聴いていて、自分も音楽を自然に聴くようになっちゃった」効果を狙って、僕が日々見聴きしている広い範囲のお笑いの、その日の感想だけを書くブログを最近立ち上げてみました。どうやらそちらのブログと偶然にもほぼ同時期のようです。僕も演芸は大好きですし、また逆にとたけけさんが普段触れないものも紹介できるかもしれません。例えばjackassシリーズなんてのもカテゴリを作ってあります。

 ダイラケもブログを思い立ったときにちょうど聞き直そうと借りていたので、最初には絶好、感想も書きました。勝手に長く自己紹介書いちゃいましたが、もし興味がありましたら覗いてみてください。
posted by 行かない旅URLat 2007/09/04 00:13 [ コメントを修正する ]

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