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2017/09/24 01:33 |
切れてしまった爆笑王の系譜と危機~桂枝雀の「あたま山」を巡って
三平-歌奴(圓歌)-圓鏡(圓蔵)ときたら次誰に行くんでしょう?

実は、この系譜、アタシ的には切れてしまっています。
上方落語は別でしょうが…。

それは関東の笑いに対するセンスなんじゃないかな?と。
どんな事しても笑わせてやるみたいな鬼気迫るものを持った落語家さんが関東にはいないんじゃないか?
いや、新作落語派はいっぱいいるんですよ。
本格派とか作品派と分類されるタイプの中にも笑わせるツボを持ってる人はいっぱいいますよ。
でも、その「笑い」だけにとことんこだわった落語家が何人いるのか?と言われたら、どーなんだろ?
あえて言っちゃうと今なら春風亭昇太くらいかなあ。
でも、正直、彼の笑いだって、爆笑王のレベルじゃないよね。
今は、特に東京落語ではそれが難しいのかも知れないね。
かわいそうだけど、昇太は確かに面白いんだけど、
はっきり言って小朝や志の輔の方が面白いんだもん。
面白い落語家さんでも、じっくり聴かせたい、みたいな作品志向を感じるんですよね。
それはそれで好きなんだけど。

上方落語には「笑わせてやる」という迫力がある。
でも、アタシの関西爆笑王の流れは枝雀で留まってる。

枝雀の狂気すら感じた「あたま山」をボクはたぶんテレビで聞いた。
主人公が自分の頭に出来た池に身を投げて死んでしまうというナンセンスの極致を
観客に「アレ?」と立ち止まらせることなく演じるのは、技術を超越した何かだと疑わない。

落語ってのは、高座の上で演者が、自分の語る落語〔\物語)を観客の頭の中で絵のついたドラマとして再構築させるもので、談志言うところの業の肯定、超克の有無は別として技術的にはあまり変わらない。
音楽と同じ、再現芸術である。
「あたま山」ってのは映像にする事がほとんど不可能な(映像にして外国の映画祭で表彰された人がいたけどネ)物語で、ケチな男がサクランボの種を飲み込んで出さなかったら、頭の上に桜の木が生え、満開の花が咲いた。その「あたま山の桜」を目指して花見客が集まり大騒ぎ。煩くてたまらない男は件の桜を引っこ抜いてしまう。するとある日大雨に降られ、今度は桜を抜いたくぼみに貯まって池ができた。さて、「あたまが池」でつりをする客が集まってまたまた大騒ぎ、すっかり参ってしまった男、ついに自分の頭の池に自分身を投げて「死んじまったとさ~」と下げる。
さて、この常人の頭では消化できないSF落語。
みなさんこの話を絵にできないでしょ?
できたアナタは枝雀以上の天才!

枝雀さんは、これを絵に出来ない混沌のまま観客に提示し、
絵を作らせないまま爆笑の中に混ぜ込んで下げてしまう。
爆笑の天才。

そして枝雀さん以降の爆笑王も現われていない事を考えると、
やっぱり爆笑落語は危機なのかも…。
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2007/06/24 01:44 | Comments(3) | TrackBack(0) | 落語

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コメント

見るものを「笑い」に強引に(であっても)もっていくのは落語家において個性(才能)でしょうか?  それとも修練によって身に付けるものでしょうか?
あるいは他の何かでしょうか?
もちろんひとくちには言えないでしょうが、価値観が多様化し(昔から多様化していて、単に多様性を社会的に表現し易くなったのでしょうけども)「笑い」のツボ的なものも常に変化している中で、普遍的には何でしょう?
勝手に質問していますが、ご意見お聞かせください。
ブログ更新いつも楽しみにしております。
posted by げなげな話at 2007/06/25 09:24 [ コメントを修正する ]
コメントありがとうゴザイマス。
さて、ああ投稿では書いてみたものの、実際考えると難しいですねえ。
漫才でも落語家でも常人が叶わない「笑い」の才能があるとしか思えないくらい、
何をやっても笑わせてしまう人っていますよね。

まずは「フラ」と言われるおかしさ。
すぐ浮かぶのが漫才では故横山ノックさん。
この人については、上岡竜太郎さんが「ボクが一生懸命ネタを考えてもノックさんがタコのまねしただけで全部持っていってしまう」と番組で話していたけど、
実際ノックさんは努力の人だったらしい。

落語家で言うと、「爆笑王」林家三平師匠はきちんと古典を演じる力量を持っていたという話を立川談志師匠の著作で読んだし、上方の「爆笑王」桂枝雀師匠は笑いを極限まで追及しすぎることにより、うつ病になってしまった。

笑いについて考え、笑わせる事に命を掛けて、そのためだけに努力をする才能が、
結局は笑わせる才能なんでしょうね。「フラ」があってもも磨かなくては芸にまで達することはできない。「笑わせる」のが芸人の矜持でもあるでしょうし。やっぱり、本当の才能は努力じゃないですかね?月並みダァ(苦)
ところで、
「笑わせる事と笑われる事は違う」と言ったのは誰でしたっけ?
posted by totakekeat 2007/06/26 00:47 [ コメントを修正する ]
ううううううっ   わかりまっしぇん。どこかでいつか聞いたような....

ですが、「笑わせるのは三平で笑われるのは正蔵(旧こぶ平)」といったのは私です。
正蔵ファンの方すんまっしぇん。(悪気はありません、根が正直者なだけ・・・)  
posted by げなげな話at 2007/06/26 23:03 [ コメントを修正する ]

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