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2024/04/20 06:53 |
芸とは儚いもんですな。
おっとう、
少し寝ているうちに、1月以上過ぎていたね。
なんて…。

最後に書いたのが「落語娘」かあ。
川柳川柳師匠は稀代の変人だって事は伝えたかったんですよね。
アタシは、幸運にして師匠の「ガーコン」を見る事ができたわけですが、
もう、中身を覚えてない(笑)

ただ、ラッパとウッドベースの口まねが物凄く上手かったという記憶だけが残ってる。

師匠本人だったら
それだけで十分だって言うんでしょうが。

今は、落語を録ったテープやDVDがありますから、
ちょっと名の売れた芸人さんや、昔の名人上手の演目は、
アタシらみたいな乗り遅れたファンなんかにも
簡単に聴く事ができる。

それでもやっぱり、
芸って儚いなと思ってしまう。

例えば、何度もこのブログで話を出すけど、
アタシが池袋演芸場で泣くほど感激した志ん朝師匠の「幾代餅」
今だって、テープやDVDで聴けるけど、
やっぱり、あの場で聞いたものは違うんですよね。
口ぶりも声の高さも手振りもノリも違う。

これは当たり前で、
ライブの芸はその場の観客のノリようでいかようにも変わってしまう。
あの日の池袋演芸場に来たお客さんの食いつき方から、笑いのツボまで、
感じながら演った志ん朝師匠の「その場限り」の名演だったと思うんです。

だから、1回こっきりだけど、アレ以上の志ん朝落語をアタシゃ知らない。

圓鏡さん~いや圓蔵師匠の「反対車」なんて何回聞いてるかわからない。
鈴本でも聴いた。
末広亭でも聴いた。
何回でも笑うネタだが、やっぱり、ハコの大きさも違うけど、
演リ方を変えているんでしょうね。

ライブ芸人の凄さです。

尊敬する作家の?堀井雄一郎さんが「落語はライブで聴こう」とおっしゃる。

確かに金と暇があればいくらでも、当代の名人を聴く事ができるわけで、
いつまでも圓生・志ん生・金馬・小さんのテープにかじりつくこともないんですよね。

しかし、ライブ芸はブレがある。
体調、場所、お客、演目などなど。
今のお客さんは、このブレにガマンできないんだね。

CDではいいんだけど、
ライブだと下手っぴいなユーミンみたいな(失礼)歌手もいるし。
アタシの大好きなプロレスなんかでもそう。
先週と今週の興行で、全然試合の感じ方が違ったりする。
同じような選手が高度な試合をやってみせても、
面白くなかったりする。

たぶん、テレビゲームじゃないけど、完成品を見慣れた客には
ライブのブレが許容できないんじゃなかろうか?

談志家元なんか、一度下丸子のホール落語で、余程納得できなかったらしく一度自分でも言ってた「今日は上手くできなかった。悪かったね。」なんてロビーに出てきて謝ってた。

あり難かったけど、実際その日の演目はまったく記憶に無い。
たぶん、おもしろくなかったんだろう。

いやー芸って、本当に儚いもんですね。
記録にとどめても、残せないものがある。

やっぱり、寄席に通うしかないんですよ。

寄席の方が、アタシらを裏切らないことを祈りながら、ね。
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2008/10/12 14:41 | Comments(0) | TrackBack() | 想いゴト

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