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2017/06/28 23:03 |
毎度~皆様おなじみの~♪(宮川左近ショー)
「毎度皆様おなじみの…」って言うのは、浪曲(浪花節)のイントロなんだけど(イントロってのもどうだろ…「歌いだし」だよね)
ただ、アタシはこの歌いだし、浪曲ではあまり聞いた事はない。
このフレースで始まる演芸で覚えているのは、
「宮川左近ショー」「玉川カルテット」
この二組の浪曲ショーですな。
ボ~イズ部門と言うと違和感がある。
やっぱり浪曲ショーと言うのが自然。
浪曲師と三味線とギターの取り合わせ。
物凄い和洋折衷なんだけど、これが納豆パスタみたいに合う合う(笑)
いや、和風ハンバーグがいいか。

聴いていたのはもちろん子どもの頃ですよ。
アノ頃は笑ってナンボですもん。

まあ、玉川カルテットは別の機会に書くとして…
今は宮川左近ショーを思い出しながら書いてみましょ。

そんなわけで「宮川左近ショー」です。

左近師匠が死んだ後、解散してから15年になるんですって。
宮川左近(浪曲)、暁輝夫(三味線)、松島明夫(ギター)

調べました。

宮川左近師匠は昭和13年、三代目左近に入門して左近丸となり、昭和25年四代目を襲名。
三味線の暁照夫は12歳で東洋軒雷右衛門に入門、昭和23年に雷坊として初舞台を踏み、昭和29年に暁照夫と改名。
松島一夫は昭和20年に二代目京山小円に入門して小さん、昭22年に松原一夫と改名。
昭和34年、最初四人で宮川左近ショーを結成、ほどなく一名抜け三人のスタイルを確立した。「毎度 皆様 お馴染みの」ではじまるテーマソングは人々に口ずさまれ、浪曲台本などのストーリーに軽妙なやりとりを交えた浪曲ショーで独自の境地をひらいた。
昭和47年には上方漫才大賞を受賞した。
三味線の暁照夫は弟子・光夫とコンビを組み、上方演芸界を代表する音曲漫才師として活躍中。


プロフィールとしてはこんなところ。
当初4人で…というのは、アコーディオンの高島和夫という人がいたからなんだそうです。
後に、グループが忙しくなって体力がついていけなくなったのと、楽器(アコーデイオン)の腕前もそれほそ上手ではなかったらしい。

で、結局3人で活動。上方を代表するお笑いグループになったわけです。
今回初めて知ったのは、暁さんが元々は浪曲師で曲師じゃなかったって事と、松島さんも浪曲出身だったって事かなあ。

芸風は、左近師匠が一生懸命浪曲をやろうとするのに、松島さんがギターを弾きながら割り込んで邪魔したり、暁さんがイヤイヤ文句?をいいながら三味線を弾く。
「まだかいな。はよやりなはれ、こんな古いもんやって、お客さん嫌がってはるやないか?」
ツッコミを入れながら、ポンポンと進むステージ。
途中で入る暁さんの三味線の早弾き。
このときのフレーズ「ああ、なんでこんなに上手いんやろ」は定番のギャグになった。

そんな宮川左近シヨーのネタなんだけど、何しろ、アタシが子どもの頃なんで、音源を持ってない。
テレビで見たのは宮本武蔵だったか、何だったか。
ラジオで最後に聴いたのはNHKの「上方演芸会」で確か「新撰組」をやってたと思いますね。

左近師匠が一節唸るところに「コンコンチキチ、コンチキチ」と合いの手が入って。師匠が「それはナンだ?」と尋ねると「祇園囃子やないか」と言われ、仕方なくそのまま演るが、そのコンチキチ、コンチキチが邪魔でしょうがないと言った、文章にすると全然面白くない(苦笑)。

でも、本当に面白かったんですよ~!と声を大にして叫びたい。

今回、いろいろ調べた中で、宮川左近ショーの笑いは「困りの笑い」だと書いてあった方がいまして、ウンウンとうなずいてしまいました。
「困りの笑い」てのはあの桂枝雀師匠の理論なんだそうで、「困っている様子も笑いのネタになる」というもの。
さすが「笑いは緊張と緩和」など理論的に笑いを追及した枝雀師匠ならではです。
(うっかりそのサイトのページを閉じてしまって、誰のサイトだったかわからなくなったのが残念!上手いこと書いてあったんですよね。)

そう言えば左近師匠のお弟子さんは、あの「大助・花子」の宮川大助さん。
そう言えば、昔は大助さんも舞台で一曲(確か「花と龍」)歌ってたのをラジオで聴いたけど…あまり上手じゃなかったなあ。

おっと、丁度時間となりました~♪
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2007/07/28 08:50 | Comments(3) | TrackBack(0) | 音曲

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コメント

暁照夫師匠に憧れ、お三味線を始めた子が居ますよ。

以前は大阪の松竹・浪花座とか行きました。
お正月・GW・お盆は、上は大御所・お師匠さん達から下は若手の人まで1日3ステージの2~3回出演するんですよ。
その時を狙って大阪旅行してました。
暁照夫・光夫、横山たかし・ひろし、レッツゴー3匹、敏江・玲児、くにお・とおる!
関東ではあんまり観れないじゃないですか!
面白かったですよ。

玉川カルテットのお話楽しみにしてます。
posted by WAKAat 2007/07/30 17:20 [ コメントを修正する ]
「地球の上に朝ァ~が来る~その裏側ァ~は~よ~るだろう」
ってのを歌っていたのは誰(グループ)でしたっけ??
「ネットで調べれば」といわれそうですが、それはそれウンチクも拝見したくって。
posted by げなげな話at 2007/08/02 23:46 [ コメントを修正する ]
元「あきれたぼういず」の川田晴久サンが始めたテーマソングだそうです。
あきれたぼういずから抜けた川田サンが「川田義雄とミルクブラザーズ」を結成してその登場のテーマソングが「地球の上に朝が来る~」なんですって。
ただし、川田晴久は昭和32年にお亡くなりになってますので、アタシは生では聞いてません。
川田サンの弟子で「川田晴久とダイナブラザース」のメンバーだった灘康次師匠が「灘康次とモダンカンカン」というグループを結成して、歌ってたのを寄席で見ましたね。あと、なぜか、はかま満緒サンもこの歌を歌ってたと思います。確か深夜のラジオ番組で聞いたんだよなあ。もっとも「はかまお笑い塾」を主宰してたくらいだから、どこかで川田晴久サンから受け継いだのかも…。細かくはわかりません。そのうちにネタにします。
posted by totakekeat 2007/08/03 00:29 [ コメントを修正する ]

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