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2017/06/28 23:07 |
立川談志・桂三枝の二人会(その5)~談志家元②
(その4)から続く

調子の悪そうな談志家元
どうやら、このままジョークで行くか?と思ったら、
「1600人も入る会場だと噺って難しいよな」とまたおっしゃる。

そしていきなり

「…あたたあたたあたた…」

「どうしました?」

「(一番くじが)当たった」

「何当たった?」

「でも火事でパァ」

「ああ、そりゃダメだよ、引き換えなんだよ」

「いらねえやい、バッカやろう」

「おう、この前は災難だったなあ…どうしたい?」

…って、これって「富久」の最後の方じゃないか?
それも、ものすごく端折った中身だなあ。
序盤が長かったからこれで終わるか?と一瞬緊張したが、
ここはまた途中で切ってしまい、
「やっぱり単純なのがいい」(と言ったか忘れたが)
そう言っていきなり別な噺をはじめた。
本当にこの人は目が離せない。

「こんちわ」

「おお八っあんかい?どうぞおあがり」

「どうも」

「そころで何かい?何か聞きたいのか?」

…たぶん演目は「やかん」だな…と見当をつける。

実際そうだったんだけど、
序盤の掛け合いがずっと続いて
(地球は丸いのかい?平らに決まってるじゃないか。)

最後のやかんの講釈(矢が飛んできて水沸かしに当たってかーんと鳴った。というヤツ) は、終盤になって、まるでダイジェストのように語りで家元が演じてしまった。

その後、ソデに向かって「今何時?」

「9時10分前です」

「じゃあ、もう少し短いのをやろうか…」と言ってまた数編ジョークを語った。

いいのかな?と思ったがコンディションを考えれば仕方ないのか?

最後には「談志の最後を見たと思って勘弁して下さいね」と言ってたなあ。

実際に最後にならない事をちょっと願いつつ、
帰ってきました。

今日は、じっくり噺を聞かせるというより、
談志という存在を感じてもらうという事。
そんな落語会でしたね。

正直、つまらないと思った客も居たかも知れない。

でも、生で談志を聴いたという事。
それは後になって昔のCDを聴くのとはワケが違う。
家元ももう73歳、
全身落語家
談志落語は談志にしか語れない。
たぶん、志の輔にも志らくにも談幸にも談春にもできない。
それを談志家元も望んでないだろうし。

ただし、今談志を失えば、
立川流の存在意義もなくなる可能性すらある。

まあ、ややこしい事を最後にいいましたが、
アタシは談志を聴いた事に意義を感じた方なんで。
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2009/03/05 23:55 | Comments(0) | TrackBack(0) | 落語

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